泡沫アフィブログby牛乳うまい

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自分でも気付かないうちに邪魔だと思ってたものが大切なものになっていることってあるよね〈山風短 第二幕 剣鬼喇嘛仏〉【Kindle 1】

 バジリスク甲賀忍法帖~で有名な山田風太郎原作×せがわまさき漫画の組み合わせで、山田風太郎の短編集を漫画化した一作。剣鬼喇嘛仏(けんきらまぶつ)。

 豊前小倉四十万石の大名細川忠興の次男、長岡与五郎興秋(ながおかよごろうおきあき)は絶世の美男子にして剣法好きの女嫌いで宮本武蔵が大好き。武蔵と戦うために江戸での人質奉公を出奔したり、2年くらい漂泊して修行したり、果ては敵方の大阪城に味方として入城しようとしたりする。それを阻止するために、父細川忠興は与五郎に女忍者(与五郎のことが好き)を差し向け、与五郎はついに女と合体したまま離れられなくなった。それでも武蔵との試合を諦められない与五郎は、つながったまま大阪城へと旅に出る。

 これだけいうとかなりのキワモノの漫画に思えるが、これがなかなか面白い。つながっていても、与五郎は剣の達人だし、くのいちのお登世もそれと同等の剣の達人だから、二人合わせて強い強い。

 そんなことより重要なのは二人の関係性の変化、とくに与五郎の精神の変革だ。

 そもそも与五郎は剣法以外に全く興味のない男であって、大の女嫌いを自称している。そんな男が突然女と暮らす以上の状態になるのであり、その怒りはかなりのものだ。人物の心情を事細かに描いたりしないのが山田風太郎であるが、せがわまさきはちょっとばかし示唆してくれる。そこがいい。

 最初は後ろ向きで歩くしかないお登世に気遣うことなくすたすたとまっすぐ歩く。登世はそれに合わせて後ろ向きに歩く。身体能力尋常ならざる忍びであるがゆえにできることだ。しかし、次第に与五郎は登世に気遣いをみせるようになる。

 夜は父の放った刺客が襲ってくるので、登世が夜通し番をする。昼は登世が寝て与五郎が起きているわけだが、そのとき与五郎はそっと登世の背に手を回すのだ。このひとこまに彼の精神の成長が少し現れている気がする。登世が彼にとって大事なものになり始めているのだ。しかし、この変化に彼自身はまだ気づいていない。

 その証拠は登世が女児を産んでついに合体が解かれ、晴れて1人の身になって武蔵と決闘できるとなった場面にある。与五郎が歓喜している間に武蔵が大阪城から姿を消してしまった。理由は不明。それを知った時、与五郎は落胆するが迷わず

「俺は(武蔵を追って)行くぞ!登世!!」

と言う。もはやこのとき彼は登世が必ずついてくるものだと思い込んでいる。以前の彼だったなら、登世が離れたらこれ幸いと一人で武蔵を追ったはずだ。女嫌いで登世をこれ以上の足手まといはないなどと言うくらいだ。間違いない。それなのに、この時の彼は登世がそばにいるものと思い込んでいる。この変化に彼自身に自覚があったかどうかはわからないが、ものすごい変化である。

「わたしは…残ります」

という登世の返事に、

「な…に…?」

とかなりの動揺を見せている。それから激昂し

「おまえはおれではなくおまえはおまえだ!!

 おれはおまえではなくおれはおれだ!!」

なんて言っちゃうところがまたいい。改めて宣言しなければならないほど、彼・彼女は一体のものになっていたのだ。そのことに与五郎はやっと気づいた。失って初めて気づくものってあるよね!

 しかし、与五郎はツンデレ、というよりは自分の気持ちを素直に表すことに慣れていないので、登世についてきてほしい、とか登世がいかないなら俺もいかない、などとは言えない。黙って涙を流す登世に何も言えないわけだ。だから彼は

「おれは長岡与五郎だ!!」

とかいって大阪城を出て行ってしまう。俺は一人でできるもん!と勢いつけて去って行ってしまう。

 しかし、与五郎はもはや孤独に戻ることはできなかった。ひと月もしないうちに登世がいないことに耐えられなくなった。大阪城の焼け跡で登世を求めて泣く与五郎。それほどまでに彼のなかで登世は大きな存在になっていたのだ。後ろに刺客が迫っているにも関わらず、気にする様子もない。そのあまりの変わりっぷりにさすがの忍者たちも毒気を抜かれてしまったようだ。殺気が消える忍者が結構かわいい。

 ラストは原作とは少し違う。私は漫画版のラストがすごく好きだ。

 ほぼ廃人になった与五郎は東林寺で自害することになる。

 登世の遺した仏を眺めてぶつぶつと呪文を唱え、今まさに腹を切ります、というときに、ボロボロになった登世がやってくる。すさまじい登世の愛だ。すごいぞ登世。登世は深い愛情と赦しの体現。産後間もない身体でひと月で大阪から山城国(京都あたり?)まで徒歩の旅とかつらいぞ。でも、そこに与五郎がいるときいて駆け付けたんだろうなぁ。そんなに与五郎のことが好きか。泣けてくる。

 そんな登世をみた与五郎は登世をぎゅっと抱きしめる。特に何も言わない。涙を流しても口を真一文字に引き結んで抱きしめているだけだ。それだけで登世には与五郎の愛が伝わるんだから二人はすごい。

 そして、与五郎は登世を背負って歩き出す。最初に一体となったときとはまた別の形の喇嘛仏。以前よりつながりは緩いものの、今度は心がしっかりとつながって一つになっているんだろうな。

 めっちゃいい話だ。